働き方改革で残業ゼロになってしまった、でも残業が苦じゃないという人に向けて「仕事だけに生きない」という話です。
電通の長時間労働問題をきっかけに、働き方改革についていろんな意見があがっていますが、ひとつ気になるのは「私たちって仕事のことばっかり考えてるなー」ということ。
これからも残業したいって人も、ちゃんと定時で効率的に働きたいって人も、どちらも思考が「仕事」からスタートしている。
いうならば
我仕事を思う、ゆえに我あり(シゴトエルゴスム)
たいていの人は1日の大半が仕事なんだから当たり前ではあるのですが、もう少し「遊び」のことも考えてあげていいんじゃないか、と。私がフリーランスになったのも、仕事のことばっかり考える人生ってどうなんだろという自問自答も少なからずありました。
そもそも「余暇」とか「余生」って言葉はよくないですよね。
仕事を離れている時という意味だろうから、あえて「遊び」と書きますが、私たちはもっと遊びのことを考えたほうがいいんじゃないか。そして、そう思うのは間違いでしょうか。
仕事=人生というのがわりと良いこととして扱われ、当たり前になりすぎていないか。みんな無理してない?本当にそんなに働くのが好き?
今後、残業がなくなった時、何をしていいかわからなくなっちゃう人は多そう。だから暇つぶししかできなくて、ツムツムしたり、パズドラしたり、パチンコしたり。最近ではフラリーマンなんて言葉が流行っていますが、家事や育児もせずに何をしているのか。ちゃんと遊びを楽しんでいるならフラリーマンなんて言われないでしょう。特に理由もなくフラフラしている、そのくせ家事や育児は放棄。真剣に遊べてないのが批判される理由なのかも。
日本人は……という表現はあまり好きじゃないし、外国の方々がどうされてるかは知りませんが、「世界でも有数の遊びたがらない人たち、遊べない人たち」というのは当たっている気がします。
私自身、フリーランスという職業柄なのか、やっぱり「四六時中、仕事のことを考えなきゃいけない」という固定観念に縛り付けられているし。
仕事が大好きで、仕事がもはや遊びだっていう人は、残業がなくなったとしても、自主的に仕事につながることをすればいいと思います。英会話を学んだり、資格を取ったり、ビジネス書を読んだり。
でも、「仕事は好きだけど宝くじ当たったら仕事はやめるね」というタイプ(←私はこれ)や、「そもそも仕事が嫌い」というタイプの人間も決して少なくないはず。
その時に「何して遊ぶか」をちゃんと考えることも、意外と重要だったりするのでは?
そして、私のようなフリーランスの人間も「遊びのついでに仕事でもしようかな?」くらいのスタンスのほうが、これからの時代、案外よかったりするのかもしれません。